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株式会毎日新聞社(西川光昭 氏)

樋口:
記者として入社後に頭角を現すのはどのような人材なのでしょうか。

西川
個人的な考えになりますが、新聞記者に必須なのは人脈とニュースセンスだと私は思っています。人脈は言うまでもありませんが、同じ事象を見てもそれにニュース性を感じる人と感じない人ではゼロと100の違いが生まれてしまいます。ですから何らかの事象をみて、「今こそ世間に問うべきだ」というタイミングを判断し決断する能力が第一で、文章力はその次です。

そのニュースセンスというものは採用時にはすでに身に付いているものなのでしょうか。それとも入社後に磨かれるものなのでしょうか。

磨かれるものだとは思いますが、誰もが持っている能力ではないでしょうね。

新聞記者というと、アグレッシブな方が多い印象をもっていたのですが、そのような要素はあまり重要ではないのでしょうか。

新聞記者にアグレッシブな人材が多いというのは事実ですが、優秀な人材はアグレッシブなだけではありません。優秀な新聞記者といっても特ダネを連発する記者から何年もかけて取り組んだ調査報道で新聞協会賞を受賞するような記者まで様々です。特ダネを書く記者はやはり非常に勝気で負けず嫌いですし、調査報道が得意な記者はやはり粘り強さを身上としています。また特派員はオールラウンドプレイヤー向きです。しかし、そのような人たちばかりでも組織は成り立ちません。デスクや管理職に向いている人材も当然必要になってきます。つまり、それぞれの個性が違っていて良いのです。ですから優秀な人材を結びつける共通項と言われると、答えるのが少し難しいですね。ただし、私が個人的に優秀だと思う記者像は、アグレッシブな要素はもちつつも、前に行くだけではなく、後ろを振り返れる力を併せ持つ人材です。人の話を謙虚に聞いて軌道修正できるような人が私の周りを見ていてもやはり成長し活躍しています。

これまでは「記者として大成するために必要な要素」についてお話を伺ってきましたが、今度は育成について伺いたいと思います。御社では人材の育成はどのようにされているのでしょうか。


↑研修風景

いわゆるOJTが中心です。基本的には入社後5年程度は全国の地方支局に配属されます。支局というのは本社のミニチュア版のようなものですから、そこで事件や行政、スポーツなど一通りの記事を担当します。それを経て本社で社会部や政治部といった専門部門に配属され、更に専門的な取材を担当するようになります。実はこの5年が記者としての基礎固めとなる最も大切な時期といえます。記者というと一見華やかな職業に見えるかもしれませんが、ニュースを扱うためには情報を掘り起こしたり、事実を確認したり、その背景に何があるのかといったことを検証したりと、専門的技術を必要とする職人的な仕事です。こうした情報をきちんと取り扱えるようになるにはどうしても5年程度の時間がかかります。またスポーツの分野でも、純粋にスポーツに関する記事だけを書ければよいというのではなく、なかにはスポーツがらみの事件が起こって警察に関わることもあったりします。このようにニュースというのは、一つの分野が完全に独立してできているものではないので、一つの分野を知っているだけでは記者としては一人前とは言えません。そのため将来スポーツ記者になりたい人であっても、最初からスポーツを担当するのではなく、まずはすべての分野を担当させるようにしているのです。

人事部はどの程度人材育成に関与しているのでしょうか。

人事部がケアしているのは特に入社1年目です。新入社員のなかには仕事を面白いと感じて夢中で取り組む人がいる一方で、学生時代とのギャップに戸惑う人も少なからずいます。特に記者の場合は、仕事の難易度が徐々に積み上がるようなものではなく、配属先でいきなり市長や地元の有名人に会い、先輩と同じように記事を書くことが求められます。しかし、最初から良い記事が書けるはずはなく、どんなに成績優秀な人でも最初は原形がないほどに書き直される場合がほとんどです。ですから、初めの1年間が技術的にも精神的にも一番大きな山場だと言えるでしょう。それを乗り越えて2年目になると、後輩も入ってきますのでとたんに自信を持つようになりますから(笑)。

具体的にはどのような面でサポートされているのでしょうか。

入社直後の集合研修は2週間程度で、その後すぐに現場配属となります。配属後は年に数回の集合研修を実施しています。たとえば警察への取材方法一つをとっても、経験がないままにマニュアルを読むよりも、自分で事件の取材を担当し、実際に警察の方とお付き合いをした後にマニュアルに触れた方が覚えが早く、忘れにくくなります。また研修時に同期が集まることで、「大変なのは自分だけではない」ということを認識させ、仲間意識を強化する効果もあります。新聞社の中には同期はライバルだという風土の企業もあるようですが、当社の場合は社内よりも社会が相手だと考えていますので、同期は励まし合う関係で良いと捉えています。