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増田弥生 氏

樋口:
軸を持つというのはある程度開発できるものだとお考えですか。

増田
私は先天的なものでも、開発するものでもなく、誰もがもともと持っているものだと思っています。違いが出るとすれば、どの時点で自分の軸を自覚し、そこを意識して行動したり成長するかではないでしょうか。

それに気が付けるような周りのフォローも必要なのでしょうね。

やはりその影響は大きいですね。良い質問は良い気付きや学びを促しますので、質の良い質問ができるリーダーがいる組織は質の良い人材が育ちやすいのは事実です。軸(自分らしさ)を自覚させて、成長させようという視点を持ったリーダーはそのような視点で質問をしますから、軸のしっかりした人材が育ちやすいのです。私はどんな人にも能力を発揮する可能性はありますし、育つものだと思っています。その能力がないと言う人は、その力を使っていないか鍛えていないだけではないでしょうか。ただし、その可能性が育つような経験の有無や育ちやすいタイミングはあると思いますが。たとえば社会人になって10年以上部下がおらず、専門的な仕事を一人でやってきたとします。そこで能力が高いからと言って、急に組織の長にキャリアチェンジをさせてしまうと、そのキャッチアップは大変だと思います。部長という肩書きが付いたから「謙虚にみんなから学べ」と言われても、そこからなかなか失敗しづらいですよね。やはりプライドがありますから。ですから失敗をしたとしても自分自身に抵抗がなく、周りも許容できるステージのうちになるべく多岐にわたる経験をして失敗をしておくことは必要条件としてあげられるでしょうね。

すべての人に可能性があるということなのですね。一方で、特に中小企業では人が育たないとお悩みの経営者も多くいます。

私はこれまで小さな組織でも人が変容を遂げるのを何回も見てきました。私自身のチームでも2〜3年でそれまで開花していなかったものが開花した途端に本人の能力発揮の仕方が変わり、さらにその影響でその人が所属している組織まで大きな変貌を遂げるのを見てきました。ですから、やり方次第で人は大きく成長すると私は思っています。

本質的な質問になってしまうかもしれませんが、その人の強みを活かして組織を活性化したり、モチベーションを高めて業績向上を狙うというのは当然企業側の狙いであるはずです。にもかかわらず、それを実現できていない企業が圧倒的に多いのはなぜなのでしょうか。

個々の会社で理由は様々だと思いますが、業績を上げたくないと思っている組織長なんていないと思います。私は「業績を上げたい」という言葉そのものが「組織力を最大にしたい」ということと同義だと理解しています。組織力を上げれば業績は結果としてついてくると信じて仕事をしてきたとも言えます。そのうえ私は人事の責任者ですから、マーケティングの責任者が商品力を磨いたり、顧客ニーズを掴むためにマーケティングの質を上げるために力を尽くすのと同様に、組織の能力を上げることを他の組織長よりも2倍も3倍も体現していくのは当然のミッションだと思ってきました。ですから業績を上げるために組織力を最大化する、そのために力を尽くすというのは私にはごく当たり前のことすぎて、何とお答えしたらよいのかわからないのですが(笑)

おそらく多くの経営者は人材の変容が組織に大きな影響を与えたという成功体験に乏しく、そのうえやり方がわからないために、未知の威力と目先の仕事を天秤にかけた結果、大切だとは思いつつも人材育成に注力できていないのだと思います。

人材育成は組織力向上のために大切な要素の一つですが、これは本来の仕事と切り離して存在するものではなく、日々の営みに織り込まれている部分が8割だと思います。人材育成は全ての組織長の日常活動で、背中を見せることに始まり、自分の価値観の言語化、良質のゴール設定、明確なコミュニケーション、頻繁なフィードバックだけでかなり人は成長します。本でも触れましたがいわゆる研修などの人材育成活動は、これがあって初めて有効になるし、エネルギー的にも2割弱だと思っています。もし本当に組織力を向上したいと思っていて、でもやり方がわからないのであれば、それがわかる人に聞けばいいと思います。たとえば部下に「みんなの能力を伸ばしたいのだが、やり方がわからない。私は何をすればいい?」と聞いたっていいのです。私自身ナイキに入社した時にはリーダーシップ開発や人材開発は専門家レベルで経験もあり自信もありましたが、中途採用でしたから会社や社員のことは全然わかりませんでした。ですから上司にも同僚にも部下にも全員に「あなたの成長を支援するのが私の仕事だけれども、どこを伸ばしたいか言ってくれたら私はそこを支援します」と言って、聞くようにしていました。

それは本人の自己認識に任せ、強みを伸ばしていくということなのでしょうか。

各社員の個別の能力アップということに関して言えば、そのアカウンタビリティの殆どは本人にあると思っています。もちろん、相手から「ここが弱みだから今のままではだめだ」という言葉が出てくればそこをサポートするようにします。私の最大の関心は私がいなくても大丈夫な組織を作ることです。私がいつも見ていて、その都度何かを指摘しているだけでは本人がいつも受け身になってしまいます。やはり、本人の成長については本人が責任を持つべきだと思います。同じ観点から、私はリーダーとして常に自分自身が成長を心がけることが組織力向上の第一歩だと思って自分の成長につとめてきたつもりです。

会社の中の上司と部下の関係性が良いことが前提にあって、本人のキャリアや成長は当然本人が責任を持つべきで、上司はそれをサポートするのが役割であるということですね。

そうです。もちろんこれは良質の目標設定に従って良質なパフォーマンスフィードバックが日々継続的におこなわれていることが前提ですし、それが整ったら本人が自分の強みや弱みに気づくようなツールの提供なども有効ですね。

私自身、新卒入社の若手にやりたいことをやらせることが本当にいいことなのだろうかと悩ましく、最初の3~4年は無理やり仕事の仕方を教えるようにしています。自ら目標設定するというのはフリーハンドに思えてしまい怖いのですが。

状況に応じた組み合わせで両方大事だと思いますが、ガイドをしながら自立をサポートするためにも、なるべく本人に任せるよというサインを送ることは大切だと思います。リスクテーキング(risk taking)とよく言いますが、本当に成長する人材というのはむやみやたらにリスクを取るのではなく、リスクを計算する力があり、そのうえでリスクが取れる人です。ですからやりたいことやらせると言うよりは任せた時に「最悪何が起こるか」を部下が言えるのであれば問題なしと判断します。「最悪、私はどこまで責任を取ればいいの?」と聞いて答えられるのであれば「そこまでは責任を取る。でもそれを超えたら責任を取ってもらう」といった感じです。

なかには適切な目標を立てられないなどの問題社員もいたのではないかと思いますが、そのような場合はどのように対処していらっしゃったのでしょうか。

目標設定はすべての基本ですから一番時間をかけて全社的にも教育しますし、部門全体でも話した上で、各自と何度も話しあいます。極論すると目標がよければ、その後の業績管理はとてもスムースです。業績そのもので成果があげられない社員にはもちろん厳しく言う時もあります。ただし、良い評価を出すことは簡単ですが、良くない人に対して悪い評価を出すというのはとても大変なことです。つまり、その成果が出せていないのは前任者の責任であったり、個人的な状況であったりもしますので、そこはかなり真剣に検証する必要があります。話し合った良い目標があり、合意したのにやる気がないとかルール違反をしているということが明確になったときは容赦はしません。

やはり厳しくやられることもあるのですね(笑)。