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増田弥生 氏

樋口:
リーバイスやナイキでは上司と部下のキャリアに対する役割分担の認識が根付いている環境だったのでしょうか。

増田
両方ともとても大きな組織ですから総称して申しあげられませんが、少なくとも私がいた頃、私の周りはそうでしたね。

こうした価値観はトップが明確に打ち出していないと組織に浸透しないものだと思うのですがいかがでしょうか。

その通りですね。トップは価値観を全社員が理解できるように発信し、そして何よりも大切なのは自分がそれを体現することです。私自身は人事の責任者として、特に自分の上司(社長)の成長を支援することにものすごくエネルギーを費やしていました。上に立つ人間が成長すれば、組織はより成長しますし、トップが自らの成長を心がけて行動変容しているのを見ると部下たちも前向きに成長を心がけるようになります。

具体的にはどのような点を支援されていたのでしょうか。

本人が普段意識していないところに意識が向くようにお手伝いして自分の出しているインパクトに気づいていただく支援をすることです。既にかなり能力のあるエグゼクティブはそれだけでスムーズに能力が発揮できるようになったりするものなのです。ですから、日常の会話からフィードバックなども行っていました。また同僚たちの成長もものすごく大事でしたので、「私たち経営陣が成長しないとだめだよね」という話をファシリテートするようにしていました。

そういうことを普通に語れるのがすごいですね(笑)。最後になりますが、成長するには「修羅場」「試練」が必要だということでよく他社の人事部長や経営者と議論になるのですが、このことについてはどのようにお考えですか。

振り返ってみたら自分にとって試練だったことに気が付くこともありますが、意図的にある人を成長させるという明確な計画のもとに試練を与えるのであれば、あらかじめ綿密に用意されたプログラムが必要でしょう。成長させたいという考えの中には何をどの程度という意図があるはずですから、その場合はどんな種類のどんな試練を与えるというアイデアがあって然るべきだと思います。また、その意図と期待を当然本人にも伝えるべきです。たとえば「営業のヘッドとして大きなチームを率いることはできるが、戦略的思考をより鍛えるために1年半は部下をつけないでスタッフ部門を担当してもらう。これはあなたにとってのストレッチ・アサインメントだがあなたによりバランスよく成長してほしいからだ。」と伝えるべきです。しかし、なかには意図した育成でなく、事業戦略上どうしてもチャレンジングな登用が避けられない場合もあるはずです。その場合も会社がどの部分を本人にとってのストレッチだと認識していて、それに対してどのようなサポートをするのかを明確にしておかないとフェアではありません。私は基本的にストレッチした仕事に取り組んでもらった方が良いと思いますし、それができないケースの方が少ないと思っています。しかし、だめだった場合にそこで見切りをつけるのではなく、そこでだめでも他の道を用意することは必要です。

フェアという言葉が非常に印象的です。私の成長してきた時代にはそのような感覚はなかったものですから。

そう言われてみると私もそのようなことは言われたことがありませんでしたので、そのような時代だったのですね。高度成長時代は仕事は面白くなっていくし、昇格もしやすかったし、年収も増えていきましたから、基本的には前向きの成長が前提でした。しかし、今は状況が全く異なります。本当に力のある人しか上にいけない時代ですし、成功体験も得にくくなっていますので、組織がマインドを変えて意図的に育成のチャンスを創っていく必要があるでしょうね。
また私がこのように考えるのは、部下が多国籍だったことも関係しているのかもしれません。「これは自分にとってどういうベネフィットがあるのか」と聞かれることも多かったですから。グローバルで成功を遂げていきたいとお考えの企業では、その仕事をすることの価値を経営側がどんな国籍の社員にも理解できるように言語化できないと、おそらく従業員との間に信頼感があり社員成長につながる雇用関係が成り立たなくなってしまうでしょう。おそらく今の日本の20代の若者たちもそれと似た感覚なのではないでしょうか。

フェアになるためにストレッチさせる部分をお互いに共有する、育成方法を考えるために周りからフィードバックをもらうなど、人材育成をおこなう上では育成する側の一方的な想いだけではなく、やはり相手とのコミュニケーションが必要なのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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Data:増田弥生

前ナイキ・アジア太平洋地域人事部門長。専門は企業のグローバル戦略推進のためのリーダーシップ開発・組織開発。リコー、リーバイスを経てナイキ米国本社へ。現在はフリー。自らもグローバルリーダーとしてアメリカをはじめ世界各地で、企業価値の世界規模での浸透と向上に主眼をおいた組織作りやグローバルリーダーの発掘と育成に長年携わる。