経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.041 株式会社ネクスト(冨山隆一氏)

事業継承成功のカギはオーナーの了見 株式会社経営共創基盤(冨山和彦氏)

産業再生機構の設立に参画、代表取締役専務兼業務執行最高責任者を経てコンサルティング・企業再生を取り扱う株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立した同社代表取締役CEO 冨山和彦氏。企業再生や事業継承の現場に多く携わってきた同氏に、後継者・幹部育成や事業継承についてのお考えを伺いました。


樋口:
冨山さんのご著書「挫折力」の中に、『「性弱説」に立って人を見つめるのが正しい』という表現がありました。この表現が大変興味深く、このように頭の中で概念的にまとめられた経緯をぜひお伺いしたいです。

冨山:
「性弱説」という言葉自体は、結構言っている人はいるんですよ。ただ、この言葉が頭に残っているのは、企業再建の仕事の中で実体験として感じたからです。
人間は追いつめられると割と頭のいい人でも馬鹿な行動をとることがあります。それは追いつめられた状態での判断は理性や知性ではなく、その人の持っている性格的な本質で決まるからです。
産業再生機構の現場では経営者や経営幹部の極限的状況はもちろん、リストラをすることになれば従業員の極限的な状況も起こります。国の仕事ですから企業だけでなく、金融機関や政治家、官僚が関わることもあります。さまざまな極限的な状況に出くわしますが、どんな立場の人でも追い詰められて意外と弱さが出る、という場面を何度も目の当たりにしました。善悪で行動できるのはまだ理性や知性が勝っている証拠です。
一貫してある立ち位置を通し切るというのは善の立場でも、悪の立場でも大変なことですから。難しい局面は特に様々なトレードオフがあり、ある視点から善を通しても、別の視点から見ると悪になってしまうことばかりです。例えば東日本大震災に伴う原子力発電所の事故で、私たちのグループのバス会社は、住民退避のために、現場に100台近くのバスを派遣しました。これは国民にとっては善です。しかし命をかけて現場に行く人の家族にとっては悪ですよね。このように難しい局面には、対峙したときにそんなに単純に善悪の割り切れない問題の方が多いわけです。
ですから、結局のところ、善悪よりもその人の持っている性格や本性のほうが行動を支配することになるのです。

普通の会社勤めではそういった極限の状態に対峙することはなかなかないと思います。やはり厳しい環境でお仕事をされていたからこそ実感されたことなのでしょうね。

冨山:
再生機構のときは、自分がお金も使って、権力も行使して、企業を買収している当事者ですからね。企業に対しては死刑執行ボタンを押しているわけですから、実際に切り合いをやっているのと同じです。大臣とも切り合いましたし、総理とも切り合いました。ですから、位を極めた人でも追い詰められた時はみんな同じだと思ったわけです。

よくわかりました。ところで同じ本の中に、「気まぐれで自分勝手で十人十色の人間という生き物を好きになることが人間の理解の第一歩」という章がありました。私はここを読んで、もしかしたら中小企業の場合、経営者がどの程度これを実践できるかで会社が大きくなるかどうかが左右されるのではないかと考えたのですが、いかが思われますか。


冨山:
ある作り上げたモデルがマーケットに受け入れられて猛烈に成長しているときは、多様性に対するキャパシティはあまり必要ありません。小売業や外食産業が典型的な例ですが、多様性を目指すよりも、相似形のモノカルチャーで突っ走ったほうが効率がいいのです。 少し言い方はきついですが、ビジネスのタイプによって士官が必要なタイプもありますが、将軍と兵隊だけでいいようなタイプもあるのです。
しかし、期間や規模に差こそあれ、モノカルチャーでいける限度はどこかで必ず来ます。多様性が問われるのはこの局面です。このときに組織の中にどれだけの多様性を培っていたかが、そのとき取れる選択肢の幅を決めるのです。一業一代で終わっていく会社が圧倒的に多いのですが、その多くは、モノカルチャーで突っ走っていた会社です。モノカルチャーがどのタイミングで倒れてしまうかはわかりません。経営者が倒れてもお終いですし、事業領域の寿命が来でもお終いです。 ですから、保険的に考えると、経営のありようとしてどこかに多様性を飲み込んでおいたほうがいいのも事実です。

幅広く事業を展開しているように見えても、実際は壮大な単一事業の企業は多いです。
違うビジネスのように見えても、実際には同じビジネスモデルであり、その中にあるときは物売りを押し込み、あるときは金融商品を押し込んでいる、というケースです。小売もその一つですし、ネットの世界もそういう事業は意外と多いです。
ところが、同じものを作っているように見えてもビジネスモデルは全く異なる場合も少なくありません。製造業が良い例です。例えばBtoCで世の中あまねく様々な人に対して売っている商品と、BtoBで売っている部品や産業機械とでは全く共通点がないと言っていいぐらいに異なるビジネスです。
この2つを1つの企業でやろうとすると、全く異質なものを1つの企業体の中に抱え込むことになります。そうすると、実はその時点で人間も異質なものが必要になるのです。また機能としても製造機能と開発機能と販売機能は、フィットする人間の質が全く違います。ですから製造業というモデルになった瞬間に、多様な人が必要になってきます。
こういったビジネスモデルにおいては、さっき申し上げたようなモノカルチャーではやっていけません。ですから、ほとんどの経営状況においては、多様性を理解し、それをうまく使えないと、すぐ壁に当たってしまうのです。
ただし、くどいようですが、短期的にある目的を達成するときには、多様性は効率を下げます。ですから、ここのトレードオフが結構難しいのです。