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「青黒い人材」こそが、激変する日本で企業が採用・育成すべき人材 明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科 教授 (野田 稔 氏)

事業創造人材の育成条件とは

樋口:
 職場のマニュアル作りの過程で人事が担った役割はどのようなものですか。

野田:
 前職の場合は、職場のマニュアル作りには、人事は一切関わりませんでした。私のいた会社では部門単位での採用が重視されており、自分たちが採用した人材は自分たちで育てるべきであるとの考え方が根付いていました。また、管理職も、報告は受けてはいましたが、基本的には現場に任せてしまっていましたね。
 人材育成はやはり現場が主体的に行うべきものだと感じています。
 では、人事の役割はなにかというと、現場での人材育成の進め方の標準化とその浸透までだと思います。言ってみれば、人材育成ガイドラインということでしょうか。ガイドラインの内容としては、例えば、4年目以上の若い人たちを複数アサインをし、入社1~3年目の人たちの仕事をまず書き出す。次に2つの基準に従い仕事の進め方を規範化する、行動規範を整理する、といったものです。ここでいう2つの基準をゴルフのルールにたとえると、一つ目はラフとフェアウェイの境目を決めるということ。ここから先に球を打ったらアウトだぞ、というラインを明示すること。こういう仕事の仕方をしたらお客様から怒られるぞ、これを行ったら法律違反だぞといった“ダメな行動”を示したものです。もう一つは、ベストショットを示すこと。このビジネスではこういう行動をすると成果に結びつく、勘やコツみたいなものですね。
 ガイドラインは、その2つをうまくバランスよく配置し1年目から3年目までの仕事における、望ましい働き方を示すものになります。場合によっては各部門のガイドラインを人事が集約してチェックすると同時に部門間での知の共有を促進してみるのもいいことかもしれません。

 行動規範について、もう少し具体的に伺ってもよろしいですか。

 例えばコンサルタントなら、お客様にインタビューをして話を聞き出すという行動があります。そのときに、ゴルフにたとえるなら、お客様の言うことを頭から否定をしてはいけない、質問に行っているのにこちらから滔々と自説を述べるようなことは駄目だ、自社の秘密をしゃべらないというのが“ラフ・フェアウェイ”の境目です。しかし一方で、積極的傾聴という手法があります。相槌を打つ、肯定をして、ときどき感嘆符を入れると相手が話しやすくなるというもの。これがベストショットですね。
 1つの仕事に対し、こういう行動の勘・コツみたいなものをきちんとセットにし、初めて新人にとって価値あるマニュアルになるわけです。
 ガイドラインを現場の3~5年目が作成する意義は、まずリアリティがあるものを作れるということですが、もう一点あります。作成した社員自身がこの過程を通じてさらに成長できるのです。作成の過程を通じて改めて仕事の流れを認識し体系的に捉えることができる。今まで漫然と行ってきた仕事の中にある「無駄」に気づける、説明できるほどにわかっていなかった自分の弱みに気づけるというようなことです。人材育成のステップで言えば、守破離の「破」にあたる段階だと思います。

 しかし、インタビュー冒頭にて、第三世代への突入において、こうしたスペシャリスト育成だけでは不十分だというお話もあったかと思います。

 その通りです。
 以前、リクルート社と事業創造に成功する人材の育成方法を研究していたとき、その共通点として「青黒い人材」であることが明らかになりました。これは、青臭い正論を通す部分と、したたかな黒さを持ち合わせた人材、という意味を込めた造語です。その育成に不可欠なのが、部署を跨いだ「横」のことを理解する幅広い知識・したたかな関係構築力と、キャリアや経験に紐づく「縦」の専門性、双方を持ち合わせたT(ティー)字型の人間です。
 研究結果で分かったのは、上記のような、スペシャリストを育成する方法論では青黒い人材が育たないという事実でした。なぜならば、10数年間ある専門分野で育成された人材は、幅を広げることに対して大きな抵抗感を感じてしまうのです。一方、事業創造人材、青黒人材の育成に成功した企業の特徴として挙げられたのが、入社5年目くらいまでで本人にとっては不本意な異動を数回経験させているという点でした。

 異動のタイミングとしてはかなり早期ですね。

 そうですね。要するに、入社して間もないころに、職場というのは異動するものだ、異動先でうまく立ち回らなければいけない、という修羅場体験をさせることが重要なわけです。
 これは、アメリカのプロフェッショナルファームにも共通する育て方です。大卒後入社三年までは、まずはアシスタントとして企業に属し、その後MBA留学を経てアソシエイトとして専門性を持たず仕事をするスタッフになります。下調べや資料作成などで先輩コンサルタントの仕事を支えます。専門性を発揮する業務に携わるのは、そこで結果を出した後の話です。
 T字型の人材を育成するためには、T字型のキャリアパスでは足りなかったのです。ふさわしいキャリアとしては「工(コウ)字型」、つまり、まず幅広く学び人間関係構築で修羅場をくぐり、その後専門性を身に着け、さらにその後幅を広げるステップが設けられているわけです。
 ただし、このキャリア論に適する人材・適さない人材がいるかは、研究では分かりませんでした。おそらく、本人の受容性・柔軟性の問題が大きく、大きなストレスを感じる人材にはその適応をすべきでないかもしれません。

 こうしたキャリアステップは、日本企業の中ではあまり一般的ではないでしょうね。

 おっしゃる通りです。ただ、一部制度化している企業もあります。
 ある総合商社では、「国内と海外」「貿易と事業投資」の2軸で仕事を4象限に分けて、新人は人事部預かりで9年間部門に配属されません。4象限のうち3つを最低3年ずつローテーションさせます。これには、風通しを良くする目的もありますが、異動経験の中で社内人脈を作らせる目的もあります。同様の目的で、この商社は独身寮を復活させていますね。また、社員同士の競争の激しい中、異動がなければ早くから専門を持ちニッチ分野でナンバーワンになろうとし、視野が広がらない、という側面も解消できることになります。