経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.003 サイボウズ(山田 理 氏)

サイボウズ 山田 理 氏

樋口:
人が定着するということはある意味では当たり前のこと、あるべき会社のイメージなのですね。山田副社長は興銀のご出身、社長が松下電工ですね。やはり、2社のイメージは、いまの100年、1,000年続く会社のイメージとかなり重なるのでしょうね。制度うんぬんではなくて、ああいう会社をつくりたいのですね?

山田:
そうですね。興銀は銀行なので、どちらかというと松下のイメージのほうが強いと思います。

いわゆる世にいう超一流企業の人事を研究して面白いなと思うのは、ある一面で中小企業に似ているということです。会社のブランドは有名だし、それに正直選び放題。だけど、入ったら「中小企業」というのが1つ目のキーワードで、2番目が「放置プレー」。そして3番目に「一生プレーヤー」。こうした傾向のある会社の特徴として、人事は持ち回りなのです。これは私の想像ですが、多分、裏側には“自主性の塊”みたいな社員が大勢いるのだと思います。山田さんが目指しているサイボウズも、それに近い部分がありますか?

そうですね。でも「放置」というのはどんな感じなのでしょうかね?皆さん本当に放置しているのかな。私も銀行に入って先輩に教えられ、上司に言われたことが、外に出たときに、「あれが興銀流だったんだ」と思うことがやはりありました。そうしたところにノウハウの蓄積であったり、伝承というものがあるのではないでしょうか。松下なんかは幸之助さんの哲学を脈々と受け継いでおられるのではないかな、ああいうのっていいなあと思います。放置で任すというのではなくて、まずは“サイボウズらしさ”、私どもは「高い志」と言っていますが、そうした「高い志」に共感して、そういうやり方がいい、そういうものを目指したい、そういう人たちと一緒に働きたいという選択がまず1人1人にあって、そこをクリアにした上で入社してほしいと思います。とはいえ、新入社員がそうしたことをいきなり全部わかるかといったら、そんなことはないでしょうから、しっかりと伝承していく仕組みが必要なのかなと思っています。

なるほど。

私自身の体験談から言うと、興銀というのは、自分たちに興銀マンとしてのプライドがあって、“興銀らしさ”というのが脈々とあったのですが、バブル崩壊で会社の文化みたいなものが少しずつ薄れていきました。結果として、興銀はその後合併して無くなってしまったわけですが。そういう意味では、志があって、みんなで目標を1つにして一緒にがんばろうというのが私の好みなのかもしれませんね。

そこが共有する部分なのですね。そこはもう社長とも握っておられるのですね?

そうですね。会社というのはそのためにあると。

いま私が申しあげたのは、ちょっと極端な例だと思います。個人的に興味があって、人事制度があるのか、教育があるのか調査してみたら、あまりありませんでした。そもそもが、仕事が面白くて仕方がないという事業構造の組織なのだと思います。あるいは、DNAという言葉を考えると、世の中が変化して、会社も変化するなかでも、そのDNAがずっと続いているがために仕事が楽しいという特殊な例なのだと思います。

日本ヒューレットパッカード(以下、HP)さんもそんな感じがしますね。HPウェイというものがあって、脈々と価値観が受け継がれている。歴史のある会社というのは、外資系であろうが日系であろうが、そういう価値観というか、根底のところが大事にされ、受け継がれているなというのが少し意外に感じました。外資系というのは、本当に短期の成果でくるくる人が回っているイメージでしたが、結構大事にされていますよね。

私がいたころのHPは本当にいい会社で、例えば、スタッフィングや社内公募の仕組みを導入するときでも、役員会で喧々諤々と議論をしたりするのです。商売のことを何よりも考えないといけない人達が人のことを一生懸命議論して、自分の商売よりHPウェイを優先するような決断をしてくれる、人事屋冥利みたいな会社だったですね。

私は、価値観をきちんと伝承していくことが何よりも大事だと思っています。ソフトウェアを開発したいからサイボウズに入るのではなく、サイボウズのやり方で世の中の人たちのコミュニケーションを良くして世の中を豊かにしていこうとか、ITを大衆化していくために1人ではできないから、3人が集まって会社ができ、もっと手伝って欲しいと15人の会社になって、250人の会社になった。それが会社だと思っています。まさに価値観。会社というのはそのためにあるわけで、先ほどの樋口さんの話を聞いていて、本当にそこを語れる人がどれだけいるのだろうか、志を語れる企業は世の中にどれだけあるのだろうかと思ったりします。

すごく共感します。ただ、“理念で会社をつくっていく”という考え方は、日本ではわりと新しい概念のような気がします。恐らくここ数十年、もしかしたらこの10年ぐらいかもしれないですね。ただ、さきほどの話が例外と申しあげたのは、圧倒的な強味があれだけ長く続く、そして、そのモチベーションの源泉である仕事の楽しさを提供し続けているというのは、やっぱりすごいことだなと思います。そこには人事制度なんてもう無力だな、これはこれですごいDNAだなと思うわけです。その一方で、ある企業さんは百数十年の歴史があり、当然超有名企業なのですが、いまのような世の中で経営が厳しくなってくると、非常に驚くことがいっぱい起きてくるわけです。さきほどのような仕事に喜びを見つけているのではなくて、会社のブランドにぶら下がってしまうのですね。そして、ぶら下がりが常態化すると、誰が見ても危険だという兆候を見ようとしないのです。「いや、うちが負けるわけはない」と妄信的に信じている感じです。つまり、仕事に面白みを見つけられず、継続してたまたま排他的に永く生き残ってきた企業というのはもろいなと感じました。理念の共有なんてもちろんないので、本当に何もないのです。ただ、大丈夫だろうという妄信以外は、何もない。そして、これからそういう会社がものすごく増えるような気がします。そうした面からも、“理念に共感するのが会社だ”ということが、これからのスタンダードになるのではないでしょうか。

一時期は理念というか、価値観を共有するためにいかに伝えるか、どうやったらそれを理解してもらえるかという観点で青野ともよく議論をしていましたが、いまは違うと思っています。つまり、理念とかビジョンというのは、経営者自身が大きな声で独り言を言って、それに共感した人が集まればよいわけで、それに共感するかしないかは、その人が判断することだと思っています。恐らくそこが就職する人にはなかなか伝わらないのかもしれませんが、あるべき姿というのは、私たちが目指すものをずっと歌い続けていて、その歌を聴きたい人が集まり、聴きたくなかったら去る。でも去って、いろいろなところを見てみたら、やっぱりあの歌は良かった。また一緒に歌いたいと思ったら、また一緒に歌うというのが理想かなと思っています。会社は出入り自由でいいというのが個人的な考えです。本当に自立している人というのは、どこでも生きていけるわけです。にもかかわらず、その人が自らの意思でこの場にいるという状態をつくれたら本当に強い組織になるだろうなと思います。そのためには、ここがどんな場で、何を目指していて、どれだけ楽しいのかということを、つねに語り続けていないとその人は寄ってこないですよね。

それこそが採用の原点だといえるでしょうね。

あと、私も人事制度や評価というものはどちらでもいいかなと思っています。なぜかと言うと、本当は100人いたら100通りの制度が必要なはずで、もちろんいまも試行錯誤しながらいろいろ考えたりしていますが、結局のところ、全員を満足させる制度というのは無理だというところに行き着きます。でもこれって当たり前ですよね。例えば、35歳のときに何をしたい、お給料はどれぐらい欲しいと聞いたときに、全員が同じ答えをするかというと、当然違っているはずです。にもかかわらず、一律の評価基準で、その人にとっては欲しくもない給料を一方的に渡していたり、給料を沢山もらっている人が優秀だというような基準を設けているほうがおかしいわけです。会社の中にはいろいろな役割があり、それと市場価値は必ずしも連動していないわけですよね。だから、1人1人のビジョン、自分はどう生きたいのかという方向性をきちんと理解して、そういう方向にいかに活かしてあげるかが大事だなと思っています。

おっしゃっていることはよく分かります。よく分かりながらも、規模を追求していくと難しいですよね、山田さんのおっしゃることね。

本当にそのとおりです。

理念の共有、価値観の共有ということを真面目にやろうとすると、いわゆる大企業では難しいだろうなと思います。

難しいでしょうね。

HPは10万人であのHPウェイを共有していました。そのベースには、構造的に見るとともかく儲かっていたという事実がありました。まだまだコンピューターの黎明期だったということもあり、収益率が非常に高く、ワールドワイドなコミュニケーションに多くのお金を使っていたのですね。外から見ると、HPウェイは共有されていて、いわゆるエクセントカンパニーだねといわれて、私自身も誇りに思っていたのですが、経営が厳しくなったときに何が起きたかというと、HPへの受け取り方は人によってばらつきがあったことがわかったのです。例えば、人は環境を与えればいい仕事をしたいと思っているので、会社のマネジメントや人事はそのためにあると宣言をしています。ですので、事業部によって制度なんかばらばらでいい、なんてことを一生懸命やっていました。本当に多様性への対応ですよね、制度じゃありません。ただ、一スタッフはどう捉えたかというと、どっぷりとそこに甘えてしまっていたのです。これはこれで罪だよなと思います。果たして、本当にそれがいい会社だったのかどうかというのは、悩みどころだなと思っています。

東証一部にもなってそんなことを言うのもあれですけれども、まさにいまのわたしたちというのは、これから大きな会社になっていこうという一歩を踏み出すというところですから、いまの話はよくわかります。ですから、マネージャーには自分のスタッフの顔をしっかり見て欲しいとよく言っています。どういうことかと言うと、私たちはこういう方向に向かってやっていると、マネージャーが歌わないと駄目だと思うのです。それはそれでいろんな歌い方があると思いますが、でもトップが歌っている歌をマネージャーが歌えるようになる。そして若い社員がまたそれを聴いて歌いたくなる、という伝承の仕組みが、大きな組織になっていく過程でどんどん薄くなってしまうのは事実だと思います。だから、トップは一番大きな声で一番いい歌を歌い続けないといけない、ずっと伝え続けないといけないわけです。それが2年や3年とかではなく、5年、10年となってはじめて、伝承していくものだと思っています。これは簡単ではないと思いますが、テクノロジーもありますし、いままでの大企業のやってこられた歴史を参考にしながら改善を続けて自分たちなりの21世紀の大企業というものを実現できるのではないかと思っていますし、そう信じて試行錯誤しています。

なるほど。

ただ大企業というのは、やはりよくできているなと感心します。結局は松下幸之助さんも起業してあそこまでいく過程で、多分同じようなことに悩まれているわけですよね。ですから、参考になることはすごく多くて、試行錯誤や失敗を重ねるたびに、ああ、やっぱり大企業はいろいろな経験をして今があるのだな、すごいなとつくづく思います。