経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.006 ライフネット生命保険(出口 治明 氏)

ライフネット生命保険(出口 治明 氏)

樋口:
私は管理職の研修をすることがあるのですが、よく管理職に言っていることがあります。スタッフのときは尖がったまま、いわゆる強みを活かして成果をあげられた。しかし、部下を持つと、色々なタイプの部下と対峙しなくてはならないので自分の価値観を捨てたり、合わせたりしなければならないことが出てくる。そのため、今まであまり気がつかなかった弱みと対峙しなければならなくなる。つまり、マネージャーになると部下の育成や調整が求められるので、尖っているだけでは通用しなくなるということです。やはり、尖っている人ばかりの組織だと、それこそ組み合わせが重要で、誰かがそれを調整する必要があると思うのですが、貴社ではどなたがそのような役割を担っているのでしょうか。

出口:
面白い話があります。北欧の話で、認知症の方々を集めたグループホームの話です。たとえば、認知症の方が20名いた場合、普通は介護士も20名必要です。そこで、始めは40名で共同生活をするのです。しかし1年経つと、介護士は4~5名でよくなるのです。なぜか。同じ認知症という病気でも症状は異なります。夜に徘徊してしまう方がいるとすると、夜に症状が出ないほかの患者がケアをするのです。このように助け合うことで自分のできることに対して喜びを感じ、そのことがきっかけで頑張るようになる。こうして自然に患者同士が助け合うようになり、徐々に介護士が要らなくなるということのようです。認知症の方の症状がみんな違うのと同様に、人の尖り方もみんな違います。1、2年一緒に働けば、お互いの尖っている部分が分かるようになるので、自然とそれを補い合うようになれば、それほど強い組織はありません。特に我々のように人数が少ない会社というのは、管理者は管理だけを行っていればよいというわけにはいかず、全員が手を動かさなければいけません。そのため手を動かすという部分においては、社長も管理者も平社員も区別がないので、みんながそれぞれの長所・短所をお互いに認め合いながら、足りないところを補い合い、みんなで石垣を作るというのが当社の理想です。本来なら石垣は経験を積んだ石工が積みますが、組織という石垣の石は全部自分の意思を持っています。そのため、石工に頼らなくても、「あの人は三角形だから私は間に入ってあげよう」というように、石自体が動くことができるのです。全員がそのように動ける会社は強いですよね。私は、管理者は他の石との間を埋めるようにみずから動く石であるべきだと思っています。このような動ける石を増やすために、若いころから管理者という立場を経験させるようにしています。まだ1年しか経っていませんが、「プロジェクト推進室」という若手を管理者に抜擢した新しい組織をつくりました。システムを担当していた若手2人が「会社全体をもっと横断して数字で統一してみるセクションが必要だと感じている。ぜひ自分がやってみたい。」と言ってきたので、「それならばやってみてごらん。」と言ってやらせているものです。小さい組織だと、誰が何をやっているのか社員同士大体わかります。このように提案を受け入れ、実行を支援することが、さらに動く石を創り出すきっかけになります。

人は変わらないということは私自身も日々実感しています。一方で企業は仕事という機会を通じて、人を育てていくことも必要だと思うのですが、出口社長は社員育成に対してどのようにお考えですか。

組織の中でどうしたら人の生産性は上がるのか、あるいは、人は成長するのかということは重要な問題ですよね。「三つ子の魂百まで」というように、人は変わらないという考え方もありますが、同時に人は変わることもできるのです。人のやる気と生産性について色々な人の話を聞いたのですが、あるスウェーデンの学者の理論が最も説得力がありました。やる気と生産性が上がるタイミングには2つあり、一つは居心地のいい時、もう一つはM&Aに直面した時だそうです。

居心地ですか?

居心地と言っても、何も楽というだけではなく、心地良い緊張感も含めてです。端的に言えば、月曜日に朝起きて会社へ行くのが楽しいと思えば、良い仕事ができるということです。そう考えると、狭いところに詰め込んでお昼休みも十分取らせない、そのような強制的な仕事のさせ方は良くないということになります。例えばグーグル社も快適な仕事環境を提供するということで、食べ物や飲み物は全部会社が出すというような取り組みをおこなっていますよね。もう一つはM&Aです。これは実際にM&Aに直面するということではなく、あくまでも象徴的な表現としてです。例えばある企業がまったく異質の企業を買収すると、全く違う発想の人と関わるようになります。この全く異質な人と関わるときに刺激を受け、やる気と生産性が上がるというのです。実際に色々な異質なものを受け入れる過程で人は強くなりますよね。これらのことをライフネットにあてはめて考えると、社員が月曜日に朝起きてライフネットに行くのが楽しいと思えば生産性が上がる。色々なビジネスパートナーと関わる中で予想しなかった刺激を受け、それに驚くほど良い発想が生まれてくるということです。単純に言ってしまえば、人を伸ばすのに必要なのはこの2点だと思います。

そうすると、出口社長の育成という観点でのお役割は「居心地がよい」「異質なものと出会う」という2つの環境をつくり続けるということなのでしょうか?

そうですね。社員にライフネットで働くのが楽しいと思ってもらえるよう、心がけています。ただし、そのような環境をつくるのは私だけではできません。またそのような環境をつくったからといって会社が自分の思い通りになるとも思っていません。私は会社というものは子供によく似ていると思います。私が会社を作ったので、このライフネットという会社は子供で、私はその父親に当たるわけです。ですから、いい子供にしようと一生懸命に力を注ぎますが、全力をあげて育てた子供が本当に自分が思った通りになるかどうかは運命によると考えています。それは弊社には50人以上のスタッフがおり、各々が考えて行動しているので子供としての意思を持っていると言えるからです。それは親と子供がまったく別の人格であるのと同じように、親がいくら子を思っても、ライフネットという会社がどうなるかというのは結局子供の運の強さと自力によるのではないでしょうか。

何とかしてやろうと思っても、何とかなるものではないですしね。

ただし、思った通りに動かすことができなくても、一生懸命よい会社にしようと思い、行動することはできます。

「一生懸命よい会社にしよう」という具体的な行動というのは、一つは「理念」や「ビジョン」をきちんと伝えたり、示したりすることだと出口社長の著書の中にありましたね。

そうですね。リーダーとして一番大事なことは、何をしたいかが明確にあるということだとドイツのバンカーは言っていますが、それは会社でも国でも同じだと思います。ただし、それが明確になっているだけでは駄目で、それを共感させる能力、説明する能力がなくてはいけません。政治に例えると、「こういう国にしたい」という想いがあっても、まずそれを周りに説明して選挙に勝たなければいけません。更に今度は官僚や議員を巻き込んで目標の方向に彼らをマネージしていく能力が要ります。ですから、私は「やりたいことが明確にある」「説明する」「共感させる」という3つがリーダーの必要条件だと思っており、自分自身も社員に対してこの3つを心がけながら接しています。