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サントリーサンゴリアス(清宮 克幸 氏)

樋口:
おそらく「逃げない」能力を持った選手は、逃げない仕事ぶりをするのでしょうね。

清宮:
逆に逃げ方が下手で苦労するかもしれませんが、逃げることはないでしょうね。しかし、逃げ方に関しては指導すれば改善できます。最初から逃げる人間は、教えたことやアドバイスからも逃げてしまいます。例えば、サントリーのように仕事とラグビーを両立しているチームで、30歳を超えてもラグビーの現役を続けられている選手はたいてい仕事もできます。

30歳まで現役で選手を続けられる人材には「逃げない」こと以外に何か特徴はあるのでしょうか。

「逃げない」ことはもちろんですが、それだけではなく学習能力が高いということがあるのだと思います。ラグビーは試合を中心として、試合の前には次の試合の予習を、普段の練習では「悪いものを良くする」「良いもの伸ばす」という改善活動を行います。その方法を必死に考えるのが私たちで、それを実行するのが選手たちであり、「より良くするためのアイデアは何があるのか」ということや「なぜうまくいかなかったのか」という反省を、1年中ずっと繰り返すのです。これはビジネスと全く同じですよね。

ビジネスでよく言うPDCAサイクルのことですね。

ラグビーで活躍できる人材はこのように考えることができる人材なので、仕事においても、営業であれば得意先と商談をした結果の反省を繰り返すという改善活動を自ら行うことができます。ただし、ラグビーにおいても仕事においても「このようにしたらうまくいく」「このようにすべきだ」という絶対的なものはありません。試合によって対戦相手が違いますし、営業においても顧客によって相性が違うこともあります。最終的には、そのような違いに柔軟に対応できる人間が勝っていきます。

いわゆる適応力ですね。PDCAをうまく回せる、適応力のある人材というのは企業側も常に求めています。ラグビー選手とビジネスパーソンというと全く異質なもののように感じますが、身体能力が求められるか否かの違いはあれど、根本にあるものは似ているのですね。

ラグビーというスポーツの特徴もあるのかもしれません。以前、元プロ野球選手の方と話していた時に野球とラグビーの違いについて言われたことがあります。「ラグビーを辞めた人間は企業に入っても仕事をバリバリやっていて、社会でもたくさん成功している。一方で野球のOBは、引退してビシネスで成功する例はラグビー選手に比べたら少ない。それは野球は小さい頃からずっと監督の指示を待っているからだ。」と彼は言うのです。確かにラグビーは小さい頃から自分で決断して動かなくてはいけない局面が多く、なおかつ、体を張ることが好きな人材が多いスポーツです。そのため、ビジネスにおいても未知の世界にどんどんチャレンジしていくことのできる人材が多いのかもしれません。

なるほど。率先行動という観点で野球とラグビーを比較するのは面白いですね。ところで、早稲田大学の監督をしていた時にキャプテンを選ぶ際に重視していたことがあれば教えていただけますでしょうか。

私は変な勘繰りや、深読みをせずに、自然に「この人間ならリーダーができる」と思った人間に任せるようにしていました。

「リーダーができる」と思わせる要素は一体何なのでしょうか。明らかに他の選手との違いがあるものなのでしょうか。

明らかな違いがある場合も多く、そのような時は、余計なことは考えずにすんなりと決めることができます。しかし、候補が複数名いるケースでは色々な条件に照らし合わせて考えました。例えば諸岡省吾(2004年キャプテン。現早稲田大学ラグビー部FWコーチ)をキャプテンに決定した時がそうでした。それまではキャプテンになる者はやはりプレイヤーでも一番という雰囲気がありました。しかし、必ずしもそれだけではうまくいかないということが分かり、自分の中で「今年のキャプテンは、どうあってほしいか」ということを書き出して考えました。例えば、グランドにずっと立っているということはもちろんなのですが、それに加えて「私と対等に話ができる」「プレイヤーとして実直である」などです。その時は、決めるのに時間はかかりましたが、私の独断で諸岡にしました。

そのような条件は年によって違うものなのでしょうか。

年によって異なります。その年はリーダーとしての素質をもった人間が複数名おり、その中でもチーム全体のバランスを保てる人間を選出する必要性があったのです。

そのあたりは企業と一緒ですね。

そこで私はそれまでと決め方を変えたのです。キャプテン候補の選手を自分の書き出した条件に照らし合わせ自分で点数を付けていきました。その結果、圧倒的に諸岡になったのです。それは、私の直観と同じだったので、「今期のキャプテンは諸岡しかない」ということになりました。まず本人に伝えたのですが、本人が一番驚いていました。社会人になって数年たった今、彼の同期を見ると、やはり諸岡が一番キャプテンらしかった、諸岡を選んで正解だったと思っています。

3年生までレギュラーでなかった彼が卒業した後も明らかにリーダー適性に優れているということは、結局監督が監督の視点で決める必要があったのでしょうね。

そうですね。先ほどお話ししたキャプテンとしての条件もありますが、私が彼をリーダーにしようと思ったのは実は3年生の秋にオーストラリアにワールドカップを見に行った時でした。諸岡もオーストラリア行きのメンバーに入っていたのですが、行く前に「清宮さん、首の怪我を完治させて、ウエイトトレーニングをやりたいのでオーストラリアには行かなくていいですか。」と言ってきたのです。レギュラーになるか、ならないかぐらいの時でした。他の選手の感覚ですとオーストラリアに行ってワールドカップを見て、向こうで試合をしたいと思うのが普通ですが、彼はトレーニングのために日本に残ることを希望したのです。この時に、諸岡は自分の意志を持っており流されない強さがあるなと感じました。キャプテンを決める際に書き出した条件の中に、「周りに流されて、数の多い方になびく人間では駄目だ。」というものがあり、それを考えた時に諸岡のエピソードを思い出したのです。

彼をキャプテンにしたことが、彼の代に優勝できたことに影響していると思いますか。

明らかに影響しているでしょうね。その年の決勝戦では、後半15分くらいに1回逆転されたのですが、それを再逆転できたのは彼のリーダーシップがあったからだと思います。その年は春から一試合たりともリードされたことがないぐらい強いチームで、盤石の状態で決勝戦に臨みました。しかし決勝戦ではミスから立て続けに点数を取られてしまい、1年で初めて逆転されました。普通だったら決勝戦で、しかも1年で初めて逆転されたとなると、そのことをきっかけにほころびが生じてしまうことも十分に考えられます。それをたったの3分で再逆転したのは彼のリーダーシップの影響だと思います。

彼の「なびかない強さ」の影響だったのでしょうね。150名の代表ともなると、そのような強さが必要ですものね。

そうです。だから「逃げない」「なびかない」ことが重要なのです。身体能力が高く、頭が良かったとしても下級生の頃から逃げているような選手はキャプテンには選べません。逃げる様子というのは上級生になることで見えなくなってくるものですが、根本の逃げてしまう部分は変わらないと私は考えています。そのため、一度「逃げる」人間だという認識を持つと、その評価が変わることはありません。

今のような話は学生にとっては理解しにくいことでしょうし、なかなか伝わらないでしょうね。

こういう話自体をしないですしね。諸岡をキャプテンにすると決めたときも、さほど深く説明しなかったと記憶しています。

企業の人事と似たようなお話だと感じます。キャプテンになった人間とキャプテンになれなかった人間が、実力にほとんど差のない中でそろって優勝を目指さなくてはいけないと考えると、大変な人事ですね。

誰がキャプテンになるかということはとても影響が大きいことです。そのような環境で諸岡がキャプテンとしてリーダーシップを発揮できたのは、頭が良かったという理由もあると思います。卒業して社会人になった後に彼の代のメンバーが集まると、今でも必ず諸岡がリーダーです。誰かが「音頭取らなくてはいけない」「まとめなくてはいけない」という場面では学生時代のキャプテンが進んでやるものです。

清宮さん自身もキャプテンを務めていらっしゃいましたが、清宮さんの代が集まる時も同じように清宮さんがリーダーシップを発揮されるのでしょうか。

そうです。同期で何かをするときには、キャプテンが言い出してメンバーが動く場合が多いです。例えばキャプテンが「明日の8時に集合」という急な召集をかけたとしても、20名ぐらい集まります。

それは、団結心なのでしょうか?

おそらくそうだと思います。仕事はさておき、来なくてはいけないという気持ちになるのでしょう(笑)