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サントリーサンゴリアス(清宮 克幸 氏)

樋口:
早稲田のラグビー部にはスポーツ推薦がありますが、ラグビーのスキル以外の部分で清宮さんが学生を採用する際のこだわりがあれば教えていただけますでしょうか。

清宮:
私は第一に「早稲田に来たい」という意志を優先させます。志望理由に関しては重視していません。「なぜ阪神ファンなのか?」と聞かれても明確な説明はできないのと同じように、「なぜ早稲田のラグビーなのか?」という理由も明確である必要はありません。とにかく「早稲田のラグビー部に入りたい」という強い意志を持った学生の中から採ろうというのは監督3年目ぐらいからの方針です。初めの1、2年目は年間に全国10カ所ぐらいの試合を見学してスカウトしていましたが、3年目からは試合を見に行かずに「早稲田に来たければ、自分で売り込みに来い」というスタンスを取るようにしました。すると、早稲田に入りたい学生が「自分のラグビーを見てください」と言って教員と一緒に売り込みに来るのです。売り込みに来た学生にはその場でラグビーをやらせてスキルを見ました。そしてその場で結論が出せる場合はその場で返事をしていました。

本人の意志以外に性格的な部分でのこだわりはあったのでしょうか。

自分が決断できるのは数名でしたが、私なりのルールは決めていました。例えば、顔つきがいいこと、腹が出ていないこと、足が速いことです。高校時代に腹にぜい肉がついている選手はラグビー選手として良い生活を送っていないと考えています。また、足が速いと多少のことはごまかしがききます。そのような理由で3つの基準に沿って採用していましたので、入部当時は無名の選手もいました。首藤甲子郎(2007年早稲田大学卒。現NECグリーンロケッツ選手。)はそのうちの一人です。彼は、高校時代は全くの無名で、日本代表にも選ばれたことはありませんでした。彼は私が「そろそろ今年の推薦を決めよう」と言ったのを同じ高校のOBから聞きつけて、すぐに自分のビデオを作って持ってきたのです。当時首藤は合宿中だったのですが、同級生の父親に車を運転してもらい菅平まで来たそうですよ。

度胸がありますね。

しかし、「来たい」という意志があるというのはそういうことなのです。本来ならラグビーをやらせてスキルを見るところでしたが、本人が怪我をしていて練習できなかったので、彼に関してはビデオを見てその場で採用することを決断しました。怪我をしていたので、ビデオも高校2年生の時の試合のものでした。彼が自分でビデオを持って私に売り込んできていなければ私は採用していませんし、出会ってもいなかったでしょうね。

その早稲田に入りたいという想いは、あまり裏切られないものなのでしょうか。

裏切られないと思います。特に、私のスタンスは「どこに行くのも本人の勝手だ。ただし、早稲田では他で味わえないことを味わえるよ。」というものなので、ほとんど自分から学生を口説くことはありません。素材が非常に良い選手でも、他の大学と迷っているようであれば、「1週間以内に決断しないなら早稲田は引く。」と言ったこともありました。

1週間以内に決断を促すのは弊社の採用の場合も同じです。一方で一般入試で入ってきてもレギュラーになれる選手もいると思います。もちろん実力が求められる世界だと思うのですが、彼らに何か共通点はあるのでしょうか。

公立の高校や、いわゆる花園に出てない高校出身で、レギュラーになっている選手たちにはみな共通点があります。ハートが良いのです。今はどうか分かりませんが、私が監督をしていた時はハートさえ良ければ、下手でも私の目に届くところに置いていました。

ハートが良いということは素直だということと通じるのでしょうか。

それはそれぞれの個性によって異なります。ただし、「従順」という意味の素直さではありませんが広い意味では素直なのかもしれません。決して世渡りが上手いわけではないのですが、誰からも愛されるということはあると思います。

清宮さんが「ハートの良い選手だ」と評価した選手は清宮さん以外のコーチが見ても同様に「ハートの良い選手だ」という評価になるのですか。

同じ評価になります。ハートの良い選手は誰もが良いと思う人材なのです。早稲田のラグビー部は選手のレベルによってAチームからDチームまで分けられます。基本的にはよかったらチームが上がる、悪かったらチームが下がるという世界を作りだしてはいますが、監督裁量でハートの良い選手は成績が悪くてもチームを落とさないようにしていました。そのような選手は初めは実力が伴わなくても、4年生になる頃には実力でレギュラーになってリーダーになりますからね。

誰からも愛される気持ちのいい人材だから結果的にそうなるのでしょうね。
最後に育成という観点でお話を伺いたいと思います。入部した後にその選手を伸ばしていくという点において清宮さんが気を遣っていることはあるのでしょうか。

まずはベースを作ることです。ベースを作ることは誰もが絶対に逃げてはいけないところなので、そこに多くの時間を割くようにしています。いわゆる個性を伸ばすという話はこのベースができた後の話です。このベースができるまでは、全員で共通のことを一生懸命にやります。だから、レギュラーになった選手を除く1、2年生には特別な指導はあまりしません。その代わり3、4年生になった選手やサントリーの選手などベースがしっかりとできている選手には自分にしかできないプレーの方法をアドバイスします。

企業でも入社3年目までの新人時代に基礎能力をどの程度身につけるかによって、その後の伸び方が大きく変わってきます。でも新人は「自分の力を活かした仕事がしたい!」と思うものですよね。

ベースが何もできていない選手にベースを教えると、驚くほどどんどん上手くなっていきます。ベースを作る練習は非常に効果のある重要な練習ですが、シンプルで単純なことなので「つまらない」と思われがちです。このシンプルで単純な練習を選手に「自分たちはすごいことをやっている」と思わせるのが、コーチの役目といえるでしょう。実はベースのことしかやっていなくても、「この練習は日本で1番、世界最先端の練習方法だ」というような空気を出して選手の気分を盛り上げていくのです。

ただやらせるのではなく、やることに対して意味を持たせてあげることで取り組む側の姿勢は大きく変わりますよね。当社でも、仕事は「振る」のではなく「与える」ものだとマネジメントする側に言っています。これまでのお話を振り返っても、ラグビーチームでの採用や育成と、企業における採用や育成では一見全く違うように見えますが共通点が多く、興味深く伺いました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

清宮克幸オフィシャルブログ 
http://athlete55.com/kiyomiya-katsuyuki/

サントリーサンゴリアス
http://www.suntory.co.jp/culture-sports/sungoliath/

著書紹介一覧はこちら
究極の勝利 ULTIMATE CRUSH 最強の組織とリーダーシップ論
最強のコーチング

 

Data:清宮克幸

サントリーサンゴリアス監督

 

1967年7月17日大阪生まれ。大阪府立茨田高校でラグビーを始め、3年時に花園の全国大会に出場。高校日本代表にも選出される。1986年に早稲田大学入学。1年からレギュラーになり、4年時には主将として大学選手権優勝に導く。 大学卒業後、1990年にサントリー(株)に入社とともに、サントリーラグビー部に入 部。1992~94年には主将を務めるなど中心選手として活躍。2001年に引退後、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。 就任後5年連続で関東大学対抗戦全勝優勝、大学選手権も3度制覇し、早稲田ラグビー復活の原動力となる。2006年、サントリーラグビー部へ初のプロ監督として復帰。現在に至る。