経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.011 早稲田大学ラグビー蹴球部(中竹竜二 氏)

早稲田大学ラグビー蹴球部(中竹竜二 氏)

樋口:
話題が変わりますが、優勝するための戦略とキャプテンの人選についてお伺いしたいと思います。戦略というのは、多分翌年1月の全国選手権決勝戦のイメージがあって、チームの現状から、いろいろな課題があるのだと思います。中竹さんのなかでは、1年後の姿というのはある程度最初から見えているのですか。

中竹:
そうですね。

今年で監督4年目ですが、1年後が見通せる精度というのは、年々進化しているのですか。

それが監督としての経験だと思います。1年目は監督経験ゼロで、結局最後(大学選手権 優勝戦)で負けてしまったのですが、負けたときに、1年はこうやって過ごすんだ、ということが分かったので、その日から、「来年の今日は勝たないといけない。そのためにこういう準備をして、こういうスローガンでやっていこう」とひたすら考え抜きましたね。

2年目から始まったということですね。

そうですね。もちろん初年度も戦略は立てましたが、やはり戦略として成り立っていなかったですね。これは監督としての力量のなさです。監督たるもの戦略家でないといけないのに、そもそも戦略がなかった。もしくはあったとしても、ものすごく乏しいものでした。今思うと本当に恥ずかしい話です。

いえいえ。2年目は一生懸命考えたのですか。

一生懸命考えたというより、実はあっさり決まっちゃいました。負けた日に、「ああ、監督のせいで負けたな」と思ったので、まず選手に謝りました。そして、いいチームをつくっても仕方がなくて、とにかく強いチームを作らないと駄目だなと痛感しました。だから最強の、とにかく強い、しかもどんなことがあってもぶれないチームをつくろうと決意したのです。そういう意味では、イメージ作りはめちゃくちゃ早かったですね。

目指すイメージは1年間、ほぼ変わらなかったですか。

そうですね。本当にみんなががんばってくれたからだと思います。自分でも驚くぐらい1年間ひとつも狂いなく、やり通せました。今考えてみても、あれ以上の戦略はなかったなと思っています。その年は「Penetrate(ペネトレイト)」という言葉をキャッチフレーズとしました。突き抜ける、突貫していくといったイメージです。どんな壁、どんな障害があっても突き抜けていく。要するに、何か縫って抜いていくとか、飛び越えていくのではなくて、ゴールに向かって一直線に力で破壊していくというイメージを明確にして、それにふさわしいキャプテンがいて、方針も全部公表してもいいぐらい戦略をシンプルにしてやり抜いた感じですね。

その年は見事優勝されたわけですが、連覇を目指した翌年は、その戦略をがらっと変えましたよね。

3年目はチャレンジしないと勝てないなと思ったので、別チームになるかのごとく戦略を変え、方針を変え、言うこと変えました。途中の過程で躓く(負ける)こともある程度は想定済みで、逆境を乗り越えて最後、下馬評を覆して優勝できましたので、当初のシナリオ通りだったと思っています。

今のお話を伺っていると、中竹さんの後、どなたが監督をやられるのか分かりませんが、冷静に勝つために戦略を考えることは監督の必須条件といえそうですね。

そうですね。そこだけでいいと思います。

キャプテンの人選についてですが、ベースには1年後のイメージがあり、優勝するためのキャプテン人選につながるのだと思いますが、これについても中竹さんがご自身でほぼ実質決められるのでしょうか。

部の伝統として、キャプテンは前の年の4年生幹部が話し合って、OB会に推薦して、OB会が部長に挙げて部長から任命する形になっています。ですので、実質的に決めるのは卒業していく学生たちです。ですが学生も「最後はやっぱり中竹さんが考えている人を聞いて、話し合いたいです」と言ってくれますので、シーズンが終わる前にその話し合いを持っています。

ではあまりパワーや時間がかかることはないのですね。

そうですね。私の中では、やはり誰よりも考え抜いているという自信があるので、私が考えたプロセスを一つ一つ話していくと、それぞれの考えがあったとしても「そうか。こういう視点でこういうことを考えたら、やっぱりそうですね」と納得してくれるわけです。結局のところ、意見が違ったとしても、同じレベルで物事を考えていければ思考プロセスは一緒なので、同じところに行き着くかなと思っています。

非常に面白いお話ですね。要は、方法論として彼しかいないということにみんなが納得をするわけですよね。そういう意味では、去年も今年も世間では意外だと言われていましたけれど、内部では非常に納得感のある人選をされているということなのですね。

そうですね。外から見ると、「ええ?」と思われるかもしれませんが、外から見ても納得だというキャプテンでは早稲田は勝てないと思っていますので。私は、いかに早稲田だけのセオリー、戦略を持って、優勝を確実なものにするための方程式を作っています。この方程式は簡単な足し算、引き算ではなくて、括弧が付いたり、掛け算、割り算、分数も入った方程式です。ですから「意外だった」と言われたほうが、今年の方程式はこうだから当然だなと思いますね。逆に「やっぱり」なんて言われると、このままでいいのかなと思ってしまいます(笑)。

(笑)不安になってしまうのですね。次に育成の話になりますが、企業ではよく、これはという人材を育てるには2つの方法があるといわれています。1つは修羅場を経験させること、もう一つは徹底的に考えさせるというか、高い目線で物事を考えさせることなのですが、中竹さんは将来を嘱望する選手に、何か修羅場という言葉に該当するような鍛え方、プロセスはあるのでしょうか。

まさしくその両方だと思います。今伺ってすごく納得しました。私どもの場合では修羅場というよりは逆境といったほうがよいかもしれません。

逆境?

いかに逆境を楽しんで乗り越えられるか。いわゆる逆境に強い人間でないと成長しないと思っています。「大差で勝つようなゲームで活躍する選手なんて信用しない。10対0で負けているゲームでいかに活躍して逆転に持っていけるか、チームが駄目なときにこそ力を発揮することが大事だ」とよく言っています。ですから、あえて練習でも逆境環境をつくったり、本人だけの逆境をつくったりしています。我々の仕事はそういった逆境のステージをたくさんつくってあげることだと思っています。
去年のチームスローガンは「Dynamic Challenge(ダイナミック・チャレンジ)」でしたが、Dynamic Challengeの定義はハイリスクハイリターンです。ここで負けるとチームが終わるとか、この一歩を失敗するとチームが終わるという崖っぷちにいかにチームを追い込んで、思い切ってチャレンジできるかどうか。それしか見ていませんでした。そういう意味では、みんなタフになってくれました。これは修羅場をつくるということと、まさしく同じです。
それともう一つ、考えることに関しては、「プロジェクション」という言葉を課しました。

プロジェクション?

これは去年の夏合宿のテーマで、原理をきちっと理解して、本質を理解して先を読む力という意味です。要するに、行き当たりばったりやるのではなくて、本当にこれをやるべきなのかどうか。この練習は何のためにやるのか。この練習を効果的におこなうためにはどういう準備をすればいいのかといったことをすべて考えてから、取り組ませました。それだけでチームは相当力を付けてくれましたね。今でもその文化が残っていて、面談でもプロジェクションができたおかげでこのシーズンはこういうふうにがんばれたとか、まだまだプロジェクションが足りないのでこうします、といった会話が出来るようになりました。
私の目指す組織は、自分たちでがんばって自分たちで問題を解決していく、リーダーに頼らないで自主的にやるということに主眼を置いているので、そういう意味では、私の仕事はいかに考える環境と考えるスキルを与えてあげるかだなと思っています。

大変興味深いお話ですね。そうやって育てられた人材はきっと社会に出たときに相当違うでしょうね。今の若い人は考えないとか、率先行動がない、気が利かないと一般的に言われがちですが、ラグビーを通じて、そういう教育をされているわけですね。

そうですね。ですが、われわれコーチ陣から見ても、やはり今の学生の考える力は低い。ただ私が常々思っているのは、これは大人の責任で、彼らの能力が低いわけではなく、そもそもそういった環境に置かれてないし、今の世の中全体が考えなくてもいいレールを敷いてしまっているからだと思います。これはもう子どもたちを責めるのではなくて、絶対に大人の責任ですから、縁あって早稲田ラクビー部に入った子たちには「おまえら考えられないな」ではなく、「考える時間が今まで与えられなくてかわいそうだな」と思って、この場で考えてくれという姿勢でやっています。それで言うと、最初は考えないなと思っていた選手が1年後には私より考えているなんてこともままあります。そうやって、どんどん大人を超えていってほしいなと思っています。