経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.013 三菱商事株式会社(藤田潔 氏)

三菱商事株式会社(藤田潔 氏)

樋口:
さて、お話を入社後に移したいと思います。先ほどおっしゃっていた採用時のトップ2割の人材は、入社後期待通りにトップパフォーマーになるものですか?

藤田
実際に能力を発揮できるかどうかは、初期配属でついた上司が大きな影響を及ぼしていると思います。誰の下についてどういう仕事に携わったか、どう育てられたかで伸び方やパフォーマンスに大きく差が出ます。ですから、入社時にトップ20%と評価されていても、入社10年後も同じ評価をもらえるかというと必ずしもそうではありません。逆に、入社当初はトップ層でなくても評価が高くなる人材も多くいますから、やはり誰と組んでどのような仕事をやったかということに帰するところは大だと私は考えています。

そのようなお話はよく聞くのですが、藤田さんはなぜ配属された上司でそのように結果が異なってくるとお考えなのですか?

やはり修羅場をくぐるような成長の機会を与えられているかどうかに差が出るからだと思います。修羅場をくぐるような機会、つまり若いうちに自分の能力の150%の仕事をする機会を与えられている人材はそれだけ伸びますから。更にその修羅場を経験する中で、自分のロールモデルになるような上司がいることも、人の成長に大きな影響を与えるのではないかと思います。

御社にはプログラム化された研修も当然整備されているのでしょうが、人材の育成にはやはり実際の経験が勝るということでしょうか。

そうですね。研修のプログラムは結局はOff-JTです。しかし、最終的にその人のバックボーンになるのは、修羅場をくぐった経験や、重い責任をなんとか果たした、失敗したけれど何とか乗り越えられた、という生の経験です。ただし、そのような経験を内省する機会は強制的に与えられないとなかなか作れなかったり、専門スキルに関しても学ぶ機会を与えないと忙しくてなかなか勉強できなかったりします。研修をそのような場としてとらえれば、もちろん意味があると思いますが、根本的に人を育てるという面から見ると、研修だけでは難しいでしょう。やはり、育てるには本人の実際の能力より負荷の高い仕事にアサインするということは欠かせません。

三菱商事の中で、人を育てるのがうまいリーダーはどういう方々なのでしょうか。また、そのようなリーダーは他の方と比べ何が違うのでしょうか。

いわゆる親分のようなタイプです。厳しいことを言う代わりに「任せる」と言って仕事を任せる。任された方は粋に感じて頑張る。しかし失敗する。親分に怒られる。でも、命は救ってもらえる(笑)。このようなタイプです。ガミガミとお小言を言ったり、細かく指示を出したりする上司もいますが、それでは部下は育ちません。問題提起はするけれども実際のプロセスは「自分で考えろ」という上司の方が結果的に部下が育ちますね。結局のところ、商社の仕事は全てが応用問題で、マニュアル通りに仕事をすることなどできませんから、仕事の難易度が上がっていくにつれ、自分で考える力をつけられた人材が求められるようになるのです。

そのような育成がうまい上司というのは、余計なことは言わないけれども、任せたきり放置しているのではなく、部下の様子をきちんと見ていますよね。

見ていますね。自分もそのように育てられたのだと思います。

任せて、見守り、自分で考えさせるという育成方法が受け継がれているのですね。

そうです。ところが、実はこれが一時期途絶えたと言われた時期がありました。それは2000年にビジネスユニット制という組織体系を導入したときのことでした。その際に、それまであった部の中のチームを無くし、フラットな組織になってしまったのです。そうすると、上司一人当たりの部下の人数が多くなり、面倒が見きれなくなってしまい、結果的に育成の文化が途絶えてしまったのです。そこで、もう一度ビジネスユニット内にチームを作れるような組織体系に変えたところ、育成の文化が復活してきました。当社の場合、部長ぐらいの立場になるともう50代前後ですので、若手社員から見て大体数年後にはいなくなってしまう人間です。若手にとっての上司や教育係はチームリーダーレベルの役職の人間ですから、大抵その人を見て育っていきます。実際に時間的にもチームリーダーレベルの人間との付き合いが最も長いですしね。やはり人を育てるという役割を担うには、育成対象を少し長めのレンジで見れる人間の方が良いのでしょう。

三菱商事の中でもリーダーやマネジメントレベルになるとポジションに対する競争が当然あると思います。ある競争が起きたときに突き抜ける人と、期待されたけれど駄目だった人というのは達成志向の他に違いがあるとすれば何なのでしょうか。

担当者として優秀だと言われる人材がミドルマネジメントを任される場合、その人自身仕事ができるので、マネジメントになっても人に任せず、自分で全部やってしまうというケースがよく見受けられます。このようなタイプの人材は、上司から見ると使い勝手がいいのですが、部下から見ると縛り上げられるような状態になってしまいます。この場合、個人能力は高くてもミドルマネジメント以上の立場には部下がついてこれないので上げられない、ということになってしまいます。このようにマネジメントや育成ができるかどうかという部分での差が一番大きいように感じます。実際、ポジションが上がっていくにつれ、先ほど話に出たある程度部下に任せるタイプの人材が上がってきているように感じます。

その競争に置いていかれてしまう人ももちろん出てくるのだと思いますが、そのような方々を納得させて、与えられたポジションで力を発揮してもらうための仕組みはあるのでしょうか?

いわゆる部長に選ばれるのは、当社の場合40代半ば過ぎで、その時点で部長になれるかなれないかという結果は明確に出てしまいます。そのような場合は、海外や子会社に出向してもらうようにしています。このような対応で多くの方には納得して働いてもらうことができます。ただし、それより前の段階で競争から抜けてしまった場合に同じ対応ができるかといえば、そうではないのですが。加えて、三菱商事には50歳になると準定年退職制度というものがあり、自分で退職を選んだ場合、60歳まで在籍したと見做して退職金を支払い、ほかにも準定年退職年金が60才まで出ます。そのため、以前は自ら退職を選ぶ人も多くいました。