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株式会社東レ経営研究所(佐々木常夫 氏)

病気を患う妻の看病、更には自閉症の息子を含む3人の子供の育児と仕事を見事両立させ、同期トップで東レの取締役に就任した佐々木常夫氏。ベストセラー『部下を定時に帰す「仕事術」』でも知られる同氏に「効率化」をキーワードに部下・顧客・組織のマネジメント方法を伺いました。

樋口:
著書を拝見したのですが、その中に佐々木社長が東レで課長に就任された時に部下の皆さんに仕事の仕方について色々アドバイスをされたというエピソードがありました。「計画主義」や「効率主義」という言葉で表現されていましたが、具体的にはどのような内容なのでしょうか。

佐々木
「計画主義」や「効率主義」というのは、私が仕事の仕方を10カ条にまとめた内の一部です。これをまとめたのは私が課長に就任した時で、就任した次の日に部下全員に配りました。それ以来2~3年おきに私の処遇は変わりましたが、毎回同じことを言ってきています。
具体的に言うと、計画主義は「戦略的な計画立案は仕事を半分にする」ということです。つまり仕事を始める前にいつまでにどの程度の工数をかけるかということを決めてしまえば、行き当たりで仕事をおこなう半分の時間で済むということです。
しかしこのことを説明する時に「計画主義」だとか「効率主義」という言葉だけでは抽象的すぎて説得力がありませんし、「そんなの当たり前だ」と思われてしまいます。そこで、納得してもらうために、必ずその職場の具体的な仕事を例に出して、「このようにしたら効率的に仕事ができますよ」というような言い方をしていました。

社長ご自身が部下の方に歩み寄って対応されていたのですね。

私はそれこそが課長の役割だと考えています。部長という役割では個人にはコミットできません。しかし課長は役職者の中で唯一部下の具体的な仕事内容に手をかけ、コミットできる立場にあります。ですから直接部下の仕事のやり方を変えることが出来るのです。
私は「プレイングマネージャー」という言葉があまり好きではありません。なぜかというと、両方を同時におこなうことは不可能だと考えているからです。通常は、部下の管理・監督、育成、会社方針の伝達をおこない、上長に部下や課の実態を報告するというコミュニケーションが主な仕事であり、それだけで精一杯になってしまうはずです。もちろん「プレイング」する余裕なんてありません。ですからその中に具体的な仕事を持ちこむのは、課長としての仕事をおろそかにしているということになると思うのです。

部下の育成は大変なので、育成するよりも自分で仕事をした方が楽だと考えてしまう人も多いですからね。

そうですね。育成をしなければならないのはわかっているけれど大変だから避けているという人もいますし、そもそも一人一人考えが異なる部下にどのように対応したらよいのかわからないという人もいると思います。
普通だと10人部下がいると3~4人に対して重点的にコミットし、あとは適当にするか、あるいは部下に任せきりにしてしまうケースが多いのではないでしょうか。人間はそんなに器用ではありませんので、特定の人間だけにコミットする方が楽なのでしょう。ですから自分の仕事の中に部下全員を巻き込んでいる課長はめったにいないのだと思います。それをやるくらいなら、自分で仕事をした方が楽ですから。しかし、この考えが悪循環の基なのです。仕事を抱え込んでしまうことにより夜遅くまで仕事をするようになり、なおさら部下の面倒を見ることができなくなってしまいます。

そんな中、佐々木社長は課全体を巻き込んで部下の仕事にテコ入れをされたのですよね。それは非常に時間のかかる仕事だったのではないでしょうか。

部下の育成は、最初は手間暇かかります。しかし中長期で考えると、自分が1番楽になる方法でもあります。1人1人の部下の能力を引き出して伸ばしていくことで、課全体の仕事の角度が上がっていきます。その結果、自分の評価にもつながります。
私が課長に就任した際には一人一人の能力を引き出すために、まず私の就任前の過去1年間に誰がどのような仕事をどの位の工数をかけたかという分析を2ヶ月半かけておこないました。具体的には、13名いた部下全員に1ヶ月単位で自分のおこなった仕事の振り返りをさせ、どの仕事に何日間位かけたのかを書いて提出してもらいました。それに対し、私は自分が考える必要工数を記入していったのです。この結果、もともとは課全体で月平均60時間の残業が発生していたのが、毎日4時には帰れていたということがわかりました。

必要な工数と実際にかかっている工数に大きな差があったのですね。部下の皆さんはその取組に協力的だったのですか?

最初は「何のためにこのような分析をやるのか」「今の仕事で十分忙しいのに」と不満も多く出ました。ですが分析を終えて、これまで毎日夜の9時10時まで仕事をしていたのが、本当は4時に帰れていたのだと言われたら目からうろこだったはずです。またそれを納得させるために一人一人と議論もしました。「この仕事は大した仕事ではないから、こんなに時間をかけなくていいだろう。」「君のこの仕事は精度が悪いからもう少しレベルをあげた方が良いな。そうするともう少し時間をかけるべきだったんじゃないか?」等、相手に合わせたアドバイスをしたのです。
必要工数を洗い出した後は仕事の期日と精度を決めさせ、それを計画書として提出させるようにしました。私はそれを見て「この仕事はやらなくていい」あるいは「この仕事は3週間と言っているけど1週間でやりなさい。」等、部下の仕事を承認・修正するのです。一般の管理職は「君、これをやっておいてくれ」という指示だけして、やり方やかける時間は担当者に任せてしまいます。その上部下の提出したものを見て「思っていたものと違う」と文句を言ったりします。これでは管理職の仕事を放棄しているようなものです。
残業削減に対する考え方も同じで、ただ残業や長時間労働を禁止するだけでは誰も聞きません。確実に実行させるためには何がいけないのか、どのようにしたらよいのか具体的な方法を教えてあげないといけないのです。このような取組を進めた結果、他の課が毎日10時まで残業する中で6時半になると私の課内は全員帰宅するようになりました。
私は部下たちに「残業することはバランス感覚、想像力、羞恥心が欠如している」と言っています。バランスというのはインプットとアウトプットのバランスのことで、時間を多くかけ、かつ期待値よりも低いものを提出してくるパターンです。想像力というのは残業ばかりの生活をしていたらどれほど自分の健康を害するのか、自分の成長を妨げているか。また家族とのコミュニケーションをおろそかにすることで、大きな財産を失っているかということを想像する力です。羞恥心については「成果が伴わないのに、残業代を請求してくるなんて羞恥心の欠如以外の何物でもない」と言っています。
しかし、根本の問題は当人たちよりもマネジメント側にあります。残業や労働時間の管理はチームのマネジメントそのものです。今お話したように管理職がきちんと部下の個々の仕事に手を入れ、指導をし、管理者としての責任を全うすれば、皆ワークライフバランスが取れるような生活スタイルになると思いますよ。