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株式会社東レ経営研究所(佐々木常夫 氏)

樋口:
部下のワークライフバランスは上司のマネジメントに左右されるということですね。ところで社内の仕事は計画的にコントロールすることができますが、お客さまからの要望ですとなかなかコントロールしにくいことも多いですよね。そのような社外への対応については何か社員の方にアドバイスされることはありますか。

佐々木
そこが仕事の中で一番のネックですよね。ただし信頼関係があればどうにでも調整できると私は考えています。
以前ワークライフバランスに取り組んでいる某大手企業とその下請け企業の方々に対し講演する機会をいただいたことがあります。その時に伺った下請け企業の実情はまさに社外対応がコントロールできず、従業員のワークライフバランスが阻害されているという状態でした。大手の担当者がすぐに下請け企業に指示ができるよう、社内に下請けの出張所があるのです。指示は急なことも多く、金曜日の夜に「月曜日の朝まで」というのも日常茶飯事とのことでした。ですので、その会社の方たちは、「私達にワークライフバランスはできません。」と言うのですが、それに対し私は「それはあなた達が悪い」と答えました。相手が主要取引先の場合、「お客様の要望には従わなくてはいけない」と思っている人も多くいるようですが、言われたとおりに従う必要はないのです。相手が大事な顧客であっても社内の実情を把握してもらい、無理なオーダーをしないように修正することはできるはずです。
たとえば顧客を訪問する際に、時間の間違いがないよう訪問前に「明日はよろしくお願いします」という確認のメールを送る人も多いと思います。無理なオーダーの修正と聞くと難しく聞こえるかもれませんが、すべきことはこれと同じなのです。「先日このような指示をいただきましたが、実は社内の状況はこうなっているので、できればこのようなことは何日前に言って欲しい」ということを繰り返し丁寧にお願いすれば相手には伝わるはずです。お客様には何も言えないというのは言い訳にすぎません。そのようなことは工夫次第でいくらでも変えることができるのです。
ただし、これを実行するには相手との信頼関係があることが前提です。信頼関係がないまま自己主張をしても誰も聞き入れてはくれません。
上司と部下の関係も同じです。私は課長時代に部下との信頼関係構築のために、面談を年2回1人2時間ずつおこなっていました。会社で決められていたのは年に1回だけでしたし、実施時間も殆どの課長は30分でしたので、比較するとかなり時間をかけていたと思います。最初の一時間は全てプライベートの話で、あとの一時間で仕事の相談に乗るようにしていました。プライベートの話はご両親の話や既婚ならご家族の話、独身の人であれば恋人の話等、今であれば個人情報保護法にひっかかるようなことですが、みんな話してくれていました。このような会話ができたのは、私がその人の事を本当に心配していて、何かあったら手助けしてあげたいという気持ちが伝わり、かつ私に話したことがどこにも漏れないという信頼関係があったからこそだと思います。このようなプライベートの話を一時間したあとに、仕事の相談に乗るわけです。それを年に2回しっかりおこなえば、あとは怒鳴ろうと何をしようと大丈夫です。勿論上司に対してもそうで、課長時代には部長に対して、2週間に1回15分でも30分でも状況を丁寧に説明していました。上司のプライベートの状況まで把握し、誕生日やご子息が受験等のイベントの時には必ず声をかけるようにしていました。そういうことを根気よく続けることで信頼関係が生まれますし、その結果少し無理を言っても通じるようになります。

それは企業人として色々な場面に応用できることですね。ところで仕事のやり方を変えて定時に帰るというのも大事なことですが、育成段階の若い社員の場合、何か1つの事をするにも不慣れな面があり、想定よりも時間が多くかかるというケースが多いと思います。そういう場合には、ある程度時間をかけてもやり切らせるということも育成の1つだなと思うのですが、いかがお考えですか?

私が書籍などで言っているのは「一般の会社の一般の仕事は工夫すれば残業をしなくてもやっていける」ということです。しかし、若い人は企業人としてみれば半人前の子供のようなものですから、これには当てはまりません。定時で帰っていてはプロになどなれるはずがありません。トライ&エラーで、壁にぶつかり悩みながら、死ぬほど働かなくてはいけないのです。実際に今ワークライフバランスを提唱している人でも、20代、30代は死ぬほど働いている人がほとんどです。そこまで働いたからこそ、現在の地位を確立できたのです。
一方で上司はきちんと管理をし、相談に乗ってあげなければいけません。そうしないと余計なことに時間を費やしてしまいますから。もちろん時には放っておくことも必要でしょう。上司となる人には部下をある程度働かせて修正させるための訓練が必要でしょうね。

我々も若手の働き方についてはよく議論になるのですが、全く同感です。働く時間を短くするということ以前に、多くの仕事を経験させることの方が大切だと思っていました。
しかしそれを管理するさじ加減が難しいと感じています。やはり上司によって部下の成長度合いに差が出てきてしまうのはある程度仕方のないことなのでしょうか。

入社時にどこに配属されるか、どんな上司の下で働いたかで将来の成長度合いは決まるでしょうね。私は「人生観」「仕事のやり方」「人との付き合い方」を「成長角度」と呼んでいます。この成長角度は入社後、仕事を教わり日々色々な接触をすることで形成され、入社後3年でおおよその形が固まってしまいます。その際に優れた先輩や上司がいるとその伸びに大きく影響するのです。逆もまたしかりです。

その他に何か若手の成長に影響する要因はあるのでしょうか。

個人的にはその人がもともと持っている素養による影響も大きいと思います。自己実現欲求の強い人はどのような環境であっても学んでいきますし、どのような企業に入っても成長していくでしょう。
しかし、そのような人はまれで、実際には採用ミスも一定の割合で生じますし、多くの人たちが職場と上司の影響を受けます。ですから、企業は組織として人を育てる手法を構築していかなくてはいけないのです。
実は私が『部下を定時に帰す「仕事術」』(WAVE出版)という本を書いたのは、社内にこのような仕事のやり方を示したマニュアルがなく、ノウハウを後輩に残しておきたいという気持ちがあったからです。ほとんどの製造現場にはマニュアルはありますよね。ですがホワイトカラーの仕事も企業にとって重要なポイントであるはずなのに、マニュアルのようなものはありません。

確かにないですね。その佐々木社長の著書『部下を定時で帰す「仕事術」』の中に、「35歳で成長角度が決まる」という記述がありました。40代で成長する人材はあまりいないものなのでしょうか。

成長した例はあまり見たことがありません。ただし仕事の出来やスキルには目を見張るものがなくても、周りから信頼され、昇進していく人材はいます。東レの役員の中にも実際にそのような人がいました。
私は「礼儀正しさ一本で役員にはなれる」と考えています。役員に選ばれるのはリーダーとしての能力が高い人材です。私はそのリーダーに必要な要素は「幼稚園の時に教えてもらったことをきちんとできる」ということだと思います。