経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.055 人事・採用に科学の視点を(服部 泰宏 氏)

人事・採用に科学の視点を 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 (服部 泰宏 氏)

終身雇用が崩れた今、何のマッチングを重視すべきか?

服部:
しばしば採用時には能力やコンピテンスにフォーカスしがちです。しかし数年間で退職するかもしれない、あるいは一生いるかもしれない人たちを雇う時には、個人が会社に対して何を求めるか、逆に会社が個人に対して何を求めるかを入り口ですり合わせることが必要になってくるのです。先ほども申し上げましたが、実はこの入口時点でのミスマッチが結構起こっています。日本企業は学生に対して企業の魅力、つまりポジティブな情報で働きかけますので、当然学生はそこに飛びつきます。この集まった中から能力で救い上げていくのが今の日本の採用です。あまり何が期待できるのかという条件面は細かく話をしないままなので、能力がマッチしていてもそれ以外のところでミスマッチが起こってしまうのです。
採用には「募集」「選抜」「社会化」の3つのフェーズがあります。3つ目の「社会化」とはなじんでいくことです。採用というと「選抜」に目が行きがちですが、その前段階も大事です。企業がネガティブな情報を出せば応募者は敬遠しますが、これは見方を変えれば、「応募者による企業の選抜」ととらえることもできます。
アメリカ企業は個人がいつまで組織に所属するかわからないことを前提にしていますから、「募集」「選抜」のフェーズを重視しています。ですから研究が膨大なのです。日本企業では先ほども申し上げたように入社してから慣れていくことを前提としていますから、入口の時点では最低限の確認しかしてきませんでした。しかし、日本でもこれからは「募集」「選抜」という前段階にもっとウェートが置かれるべきではないかと考えています。繰り返しますが、採用活動とは、「応募者による企業の選抜」からスタートするのです。


採用の3つのフェーズ

樋口:
賛成です。当社では現在の就職活動という限られた枠の中で何ができるかと悩み、昨年から面接を最低限にして1泊2日の合宿を取り入れました。学生と当社の若手社員が一緒になって人事課題の解決をテーマにワークショップを行い、私たち経営層が最後にフィードバックをするのです。難易度の高い課題を与えて缶詰にすることで、本当に苦しい時に人の話を聞けるか、思いやりが持てるか、思考体力が続くかがわかります。また、合宿の中で当社の社員と交流させることで、双方が本音で話せますので、当社のこともよく伝わりますし、面接では見ることのできないことが本当によくわかります。このようなプロセスはいかが思われますか?

今のお話の中には2つの大事なポイントがあり、しかもそれはアメリカの既存の研究と重なる部分が多いです。一つはまず入り口で学生側にコストを支払わせるという発想です。誰でも歓迎という発想に基づく募集をした場合、確かに応募者の人数は集まりやすいわけですが、逆に応募者からすれば、会社にコミットしたり、一生懸命調べたり、その会社が良い会社なのか見抜くインセンティブがなくなってしまいます。しかし、2日間缶詰にしていろいろなことを議論させたり、時には厳しいフィードバックをしたりするとなると、応募者側も高いコストを負担しなければいけません。しかし、大きなコストを負わせることが実はその後のコミットメントを高めることがアメリカの研究で明らかになっているのです。
もう一つは、応募者のリアルな能力を見抜くためにはできるだけ現実の仕事状況に近いものをさせたほうが良いということです。これはすでに、繰り返し実証されていることです。一番良いのは実際に仕事をやってもらうことです。それが無理であれば、その会社で2~3年過ごす中で、一番ハードな状況をケースにして応募者に渡し、自分ならどうするか考えてもらうのです。たとえば営業職であれば、「顧客にひどく怒られて、いわゆる無理難題を押し付けられたとき、いったいどのように行動するか」といったようなことです。できるだけ仕事の実態に近いものをやらせることが、彼らのホンネを引き出すのです。
今の大学生は頭がいいですし、用意周到に対策をしていますから、「志望動機は何ですか」といった決まった質問には決まった答えを必ず用意してきています。ですからこのような質問はほとんど意味を成しません。しかし、具体的なケースを目の前に出されると、よほどの人材でない限り、彼らは何を評価されているのか正解が予測できないでしょう。

当社のような中小企業は時間をかけていろいろな試みができますが、いわゆる倫理協定を守らなければならない企業はそれすらもできません。当社のクライアントの中には数週間でとにかく選び抜かなければならない状況の企業も多いですから。
ところで先生のお話を伺っていて思い出したので、ご意見をいただきたいことがあります。私はかねてから面接で志望動機や学生時代に頑張ってきたことなど応募者が準備してきたことではなく、日常生活が見れるような話題で会話した方がよい、と考えています。その中でも就職活動の話が適切だと考えているのですが、いかがでしょうか。失敗から学ぶのが企業人としての成長です。就職活動をして落ち込んだことや、落ち込んだ時にどうするか、そこからどう学ぶかを具体的に聞くと失敗から学んでいるかどうかがよくわかるのではないか、と思うのです。就活の話だと嘘をつけないようなリアルな話になりますから。

嘘をつきにくい、着飾りにくい状況をつくるのは一番良い方法です。そういう意味では理想を聞くよりは行動を聞いた方が良いし、行動もより現実に近い今起こっていることの方が良いです。もっと言えばうそをつくメリットがないようなことの方が良いのです。更に、それで何を評価しているのかが、面接官側しかわらないのが理想ですね。

そうですよね。これまで能力のマッチングについて話をしてきましたが、期待のマッチングについてはどのようにすれば良いとお考えですか?

私は両方が話し合ってすり合わせていくよりも、採用の第一フェーズである「募集」の段階で企業側ができるだけ具体的な情報を出していく方が良いと考えています。つまり、企業がエントリーシートのチェックなどにコストをかけだす前の段階で、応募者に「こういう会社は向いていない」ということをわかってもらえるような情報を出し、結果的に期待をすり合わせるというイメージです。
お互いにすり合わせようとすると、ものすごくコストがかかってしまいますから1~2万も応募が来る企業ではそれはできません。ですから、「英語が話せない人はだめ」「教育は10年間はするけれど、それ以降は自己責任」など厳しい条件を明確に提示するのです。企業にとっても個人にとっても実態に合わない人を採用してしまうのは不幸な話です。ですから、選抜に入る前の段階でできるだけリアリティの高い情報を出し、応募者自身に企業を選抜させるのです。これこそがオープンでフェアな関係なのではないでしょうか。おそらくこれはアメリカ企業では違和感のない考え方だと思います。今の日本企業と個人の間には、情報開示があまりにも少ないのではないかというのが私の一つの問題意識です。

最初の段階でお互いがある程度選びあう、感じあうということですね。私ももし説明会で耳の痛い質問をされた場合でも正直に答えたほうが良いだろうと思っています。