経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.055 人事・採用に科学の視点を(服部 泰宏 氏)

人事・採用に科学の視点を 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 (服部 泰宏 氏)

入社後の成長を左右する要素とは?

服部:
学生の中でもある程度理解のある学生であれば、企業の発信内容が全て本音ではないことは薄々わかった上で就職活動をしています。以前とても優秀なある学生が、「就職はある種ゲームなのでしょう、先生」と言ってきました。これは非常に鋭い指摘だと思います。トランプにしろ、サッカーにしろ、ゲームにはルールがあります。そのルールを破って点数を獲得することもできますが、その人は必ずゲームから追い出されてしまいます。しかし法律に罰せられるほどではありません。就職も、まさにこれと同じだと思うのです。別にネクタイを締めなくても、革のバッグを持たなくても誰も怒らないわけですが、このゲームの中を勝ち抜くためには、地味なネクタイをして、シュッとしたスーツを着て、髪を黒くして、笑顔で「御社が第一志望です」と答えることが「正解」なわけです。それをわかった上でやっている学生もいるので、そういう学生に対して決まりきった質問をするのはお互い不幸になってしまうと私は思うのです。

樋口:
その通りだと思います。先生の研究テーマは企業側から見る能力と期待のマッチングの方法という認識でよろしいでしょうか。

この図をご覧ください。


※採用と優秀さの関係

採用時点で企業人事の方はいろいろな情報を残していらっしゃいます。複数人いる中でAからDまで評価に序列をつけたとすると、入社3~4年後にこの序列はある程度変わっているはずです。採用時の優秀さというのは、学歴なり知能試験なりいろいろあると思いますが、たとえば、図で言えばDがCを追い越した要素はまだ採用試験では見られていないのではないか。こういう要素をしっかりとデータを取って割り出していこうという取り組みをしています。 今、日本でも、教育によっていかに良い人材を育成するかという研究が要約蓄積されてきました。これはこれで、重要な展開だと思います。私の問題意識は、こうした育成影響ももちろんあるのだけれど、採用時点ですでに決まっている部分も相当程度あるだろうということです。だとすればそれはどのような比率になっているのか、どういうところを見ていけば育成の効果がさらに増すのか、育成カバーきる部分と採用時点で決まっている部分とはいったい何なのか。こういった点について、丁寧にデータを追いかけていくことによって検出していこう、というのが私のやろうとしていることのイメージです。 もちろんすべての会社に対して当てはまる普遍的なものにすぐにたどり着けるわけではないでしょうが、いくつかの会社、いくつかの業種を並行してデータを分析していくことによって共通項を探っていきたいのです。

非常に興味があります。

アメリカの経営学の現在のトレンドの一つにエビデンス・ベースド・マネジメントというのがあります。
つまり、経営をエビデンス(証拠・根拠)に基づいて考えましょう、ということです。この考え方はもともと医学から来ています。
単に「たばこを吸うと発がん率が高くなりそうだ」と想像するのではなく、きちんとデータをとった上で、「煙草を吸ったら発がん率が高くなる」と言うことができれば、特別な理論がなくても事実だと言えます。このような考え方が今マネジメントの世界に入りつつあります。
私が最初にアメリカの文献を読んだときに思ったことは「直感的に思ったことはきちんと実証されていて、日本企業の皆さんがされていることはそれほど大外れではないのだ」ということです。ですが、それをもっと科学的にやろうとしているのがアメリカ人の発想で、感覚の後に必ずデータもついてきてそれをもとに人事や採用の議論をし、意思決定をしていくというプロセスが大きな違いだと思いました。

IT業界や製薬業界など博士号を持っている人が多い会社でも、まだまだ人事領域だけは感覚や非科学的にやっていることが多いです。
実際に、人事の皆さんは悩んでいますし、もっと自信を持って意思決定をしたいと考えていらっしゃると思います。ですから、私は日本において、人の領域に科学を持ち込むという特に日本ではなじみのないことを行いたいのです。

私もこれまでに色々な人と会い、適性検査の結果を見てきましたが、入社後に伸びる人には3つの共通する要素があると考えています。一つは自己認識です。自分を客観的に理解し、それを受け入れられるかどうか。これができなければ、上司の評価と自分の評価が常に違い、自己評価が高すぎたり、低すぎたりします。次に、しなやかなことです。これは素直さとも言いかえられます。しなやかさはここ10年くらい大学の偏差値を超えて2番目に大切になってきているような気がします。3番目が地頭の良さです。ある程度の頭の良さがないと物事を論理的に考える場面や、自分を追い込んで勉強しなくてはならない場面などで負けてしまうのです。

面白いですね。例えば、教育社会学などの分野でも、依然としていわゆる偏差値や頭の良さが就職に大きく影響していることが指摘されています。良い大学を出た人は、仮に成績がよくなくても、色々なことをやってさえいれば良い就職ができています。以前から指摘されるような学歴の効果は、2013年現在においてもなお残存しているんですね。ですが、この優秀さとは別の要素も数十パーセントほど影響しており、ここが説明できない部分なのです。それはきっと自分を駆動していく力であったり、自分で内省する力だったりするのでしょう。特に先ほど申し上げたようにエビデンス・ベースドや成果主義の世界では自分の評価を数字でたたきつけられます。こういう時代になってくると、自己認識と評価がずれていると人には生き辛くなりますね。 2つめのしなやかさに共通するのですが、最近レジリエンスといって、何かあったときに対応できる力、駄目になったときでも起き上がれる力が集団でも社会でも国家でも求められるようになってきています。それはもちろん個人にも全く同じことが言えます。幕末の志士のように何があっても自分を貫くことも確かに大事ですし、そのような人が時代を変えていくのかもしれませんが、他方で我々普通の人間は自分なりの信念を貫きながら、変化に対応していく強さやしなやかさが必要です。これが学歴に加えて必要な残りの数十パーセントなのだと思います。この二階層が採用でも入社してからもずっとつながっているように思います。最近はどこの会社もこれを見始めており、2階層のうち両方で優秀な人が求められるので内定をもらう人はたくさんもらうし、もらわない人はもらわないという世の中になってしまっているのでしょう。